制作後記 / 長期密着
「中卒40歳・年商12億円経営者」を1年間撮ったディレクターが、いま振り返って思うこと
小澤辰矢さんを約1年間追ったディレクター・田中良介が、取材の始まりから公開後の反響までを振り返ります。

弊社ティドワースロードは、テレビ朝日「報道ステーション」、テレビ東京「ガイアの夜明け」など、テレビ番組の制作をメインにしてきた映像制作会社です。
テレビ制作を本業にしながら、将来への投資という意味も含めてYouTube制作を続けてきました。
その中で、最も多く見られたシリーズの一つが、「中卒40歳・年商12億円経営者の1年間密着ドキュメント」です。
小澤グループ創業者の小澤辰矢さんを約1年間追い、本格的なドキュメンタリー6本を制作。2026年8月現在、本編6本で累計約2000万回再生、高評価は約9万件、コメントは1万2000件を超えています。
ただ、最初からヒットすると思っていたわけではありません。
むしろ最初は、
「この人を1年間撮って、本当にドキュメンタリーになるのだろうか」
と思っていました。
1.「これ、本当に一本になるのかな」
小澤さんと出会ったきっかけは、以前私が制作した「リアル板金娘」という短いドキュメンタリーシリーズでした。
その出演者が後に小澤グループへ転職し、小澤さんに私の話をしてくれたことで会うことになりました。
当時の小澤さんの希望は、
「テレビに出て、有名になりたい」
というものでした。
ただ、私はテレビというメディアは基本的に「後追い」だと思っています。
何かが成功し、社会的な結果が出て、そこで初めて取材する。
まだ成功するか失敗するか分からない中小企業経営者を、結果が出る前から1年間追うような先行投資は、テレビではなかなかできません。
だったらYouTubeならできるのではないか。
1年間撮って、ものすごく面白い展開になればテレビへ持ち込んでもいい。そこまでにならなければYouTubeで出せばいい。
そんな発想から始まりました。
ただ、普通のYouTube動画を作るつもりはありませんでした。
実は私が取材に入る前にも、小澤さんに1日密着したYouTube動画がありました。正確な数字は覚えていませんが、再生回数は数百回程度だったと思います。(※現在は、30万回以上再生されています)
小澤さん自身は面白い。
でも、無名の経営者にただ密着するだけでは、なかなか見てもらえない。
何を見せるのか。何が起きるのか。なぜこの人を今見るのか。
そこには物語が必要です。
そこで考えたのが、テレビドキュメンタリーの作り方を、そのままYouTubeへ持ち込むことでした。
テレビと同じ作り方をすれば、当然、時間もコストもかかります。
当時の企業YouTubeの予算では成立しにくい。
ただ、弊社は私自身が取材・構成・編集をする小さな会社だったので、「採算が合うかどうかも含め、一度やってみよう」という実験ができました。
ところが、最初の本格的な同行取材だった滋賀でも、物語は全く見えていませんでした。
何を追うのか。
どこをゴールにするのか。
一本を何の話にするのか。
分からない。
だから小澤さんに予定を聞き、面白そうな現場があれば、
「そこは同行させてください」
と撮りに行く。
物語がないので、現場へ行って探すしかありませんでした。
その中で広島へ同行し、鯉城開発の創業者兼前社長と小澤さんが、社員の給与を巡って話し合う場面に出会いました。

二人とも社員を思っている。でも、経営の答えが違う。
その場面を撮りながら初めて、
「ここを軸にすれば一本になる」
と思いました。
完成した第1話だけを見ると、最初からそこを狙って撮っていたように見えるかもしれません。
実際は、撮りながら物語を探していました。
2.12本作るつもりが、6本になった
当初は1年間で12本くらい作るつもりでした。
ただし、全部をテレビ品質にする予定ではありません。
最初の一本だけ本格的なドキュメンタリーにして、その後はQ&Aや一日密着など、比較的簡単に作れるYouTube企画も混ぜる予定でした。
ところが、第1話が公開約3週間で250万回を超え。

バズるとは一ミリも思っていませんでした。
一発目だけあの品質で作って、二本目から簡単な動画に戻すわけにもいかない。
結局、その後も一本一本、テレビと同じ感覚で作ることになり、12本程度を予定していた企画は、本格ドキュメンタリー6本になりました。
最初から、
「少数高品質にして長期的な資産にしよう」
と考えていたわけではありません。
完全に結果論です。
公開後には、
「テレビ番組と同じ品質」
という趣旨のコメントがありました。
少なくとも、普段のYouTubeとは少し違うものとして受け取ってもらえたのだと思います。
3.時間を効率化しすぎると、撮れないものがある
第3話では、小澤さんが中古ポンプ車を買うため徳島へ行き、そのまま自分で東京まで運転して帰るロケがありました。

約660キロです。
私は最初から一緒に乗って帰るつもりでしたが、まさか徳島を日帰りするとは思っていませんでした。
長い移動の中で、小澤さんはポンプ業界の値下げ競争や、社員の給料をもっと上げたいのに上げられない苦しさについて話しました。
ああいう話は、会議室で1時間インタビューをしても、同じようには出なかったかもしれません。
何時間も同じ車に乗る。
飯を食う。
疲れる。
雑談する。
また仕事の話になる。
取材では、その何も起きていない時間も大事です。
時間を効率化しすぎると、撮れないものがある。
これは今でも思っています。
小澤さん自身への印象も、1年間でかなり変わりました。
最初は、
「ヤンチャな建設業のあんちゃんだな」
という感じでした。
でも、会う。撮る。また会う。周囲にも話を聞く。
それを繰り返すうちに、最初とは全く違う人物に見えてきました。
一度インタビューしただけでは、人間なんて分からないのです。

4.「手法が古臭くて、僕らには撮れない」
後に、あるSNS運用代行会社から企業ドキュメンタリーの制作を依頼されたことがあります。
私は、
「YouTubeの会社なんだから、自分たちで作ればいいじゃないですか」
と聞きました。
すると、
「手法が古臭くて、僕らには撮れない」
という趣旨の答えが返ってきました。
面白い言い方だなと思いました。
確かに古いです。
何度も現場へ行き、長く取材し、大量の素材を撮り、全部見て、その中から物語を探す。
テレビドキュメンタリーでは昔からやってきた方法です。
ただ、その古い方法をYouTubeやSNSへ持ち込む人が少なかった。
だから逆に、違って見えたのかもしれません。
第1話が何百万人にも見られるようになると、出演を嫌がる社員も出てきました。
制作側としては困りましたが、「このカメラに映れば何百万人に見られるかもしれない」と撮られる側まで意識するようになったことで、
再生数とは別のところで作品の影響力を実感しました。
5.一本の動画が、365日24時間働き続ける
そして、この作品を作って一番強く感じたのは、公開した後のことです。
求人が来る。
仕事の問い合わせが来る。
動画を見た経営者が小澤さんに会いに来る。
YouTubeを見て入社する人が出てくる。
商品への問い合わせも来る。

小澤さんが話していた、
「自分を一から説明しなくてもいい」
という言葉が印象に残っています。
初めて会う相手が、すでに自分の経歴や考え方を知っている。自分から営業しなくても、動画を見た人の方から会いに来る。
まさに、動画が本人の代わりに働いている状態でした。
そして、同じことが弊社自身にも起きました。
正確な集計資料が残っているわけではありませんが、私の記憶では、「中卒40歳」をきっかけに200件を超える問い合わせが来ました。
その後、弊社はテレビ制作中心の会社から、企業や経営者に長期間密着してYouTubeドキュメンタリーを作ることが、メインの仕事になっていきました。
つまり「中卒40歳」は、小澤さんの営業資産であると同時に、
弊社自身の営業資産にもなりました。
そして2026年現在も見られています。
なぜ数年たっても見られるのか。
アルゴリズムの理由までは分かりません。
一つは、一本目が当たったから量産するのではなく、最後まで品質を落とさなかったことも、作品が今まで見られている理由なのだと思います。

商品や価格、会社の状況は時間とともに変わります。
でも、人がなぜそう考え、何に失敗し、どう変わったのかという物語は、数年たっても見ることができる。
だから、長く使える映像には、人間や経営といったある程度の普遍性が必要なのだと思います。
もちろん、動画を作れば5年、10年と必ず効果が続くわけではありません。
ただ、どうせ企業の映像を作るのであれば、公開した数週間だけ消費されるものではなく、
5年後、できれば10年先にも、その会社を知らない人へ見せられるような映像を作りたい。
そのためには時間がかかります。
でも、その一本が何年も会社や経営者の代わりに働いてくれる可能性がある。
「中卒40歳」は、私にそう思わせた作品です。
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